一言で言えば「護身術」です。しかも「生きてゆく為の窮極の護身術」で

あると私はそう理解しております…。

それは先人が生死を懸けた戦いの中で試行錯誤して体得した生き残る為の

術なんです。その術を体得した極わずかな人たちのことを「達人」と呼ぶ

のです。ではその術とはどうゆうものなのか?まず その
術の中身の一つ

として 合理的な身体の使い方というのがあるのですが それは ただ

単に腕力に頼った動かし方ではない!ということなんですが 実際やって

みると頭では解っていても身体が云うことを聴いてくれないのです。それ

にも増して思えば思うほど また考えれば考えるほど動きがぎこちなくな

くなり なかなか上手くできないのが合理的な身体の使い方=武術の身体

の使い方の実際です。それは当然 一人稽古で身体の動かし方に取り組ん

でいるというのが前提でのことです。それでも間違ったことをやってしま

うのですから「難しい」というのがお解かりになるでしょう。…がしかし

難しいからやりがいがあるのだし それが日本の武道というのだから こ

んな誇れるものはない!改めて日本に生まれてきて良かったと心から思っ

ています…。少し余談ですが 私が日野 晃先生にお会いし その夜に指

導していただいての帰り道 ほんとうに「感激、感動」というありふれた

言葉では表現しがたい 何か一筋の光明が見えたような いや大袈裟かも

しれませんが 観音様か何か偉い人が ここだよ!と手招きをしてくれて

いるように感じ「よし!もう迷わない ぜったい迷うもんか」と何か安心

感みたいなものとが入り混じり 一人車の中で号泣しながら帰ったことを

覚えています…。話を戻しますが ではナゼその合理的な身体の使い方が

難しいのか?…それを考えてみると 
術の中身の二つ目に入っていくので

すが実際は「永遠」に稽古しなければいけないことでもあります。みなさ

んは無意識というのはご存知でしょう でも「無意識反応」というのは 

ほとんど聞いたことがないと思います。

それはたとえば身体的に起る現象を例に挙げますと 手を持たれて引っ張

られたら 引っ張り返してしまう。押されたら押し返してしまう。(でも

 これらは相手との関係により変わります。)そして押されてコケそうに

なると 足を踏ん張りコケないようにしようとします。それら 防御的な

反応のことを「無意識反応」と日野先生はおっしゃっておられます。つまり

 やろうと自覚していないのに瞬時にそれらをやってしまうことです。こ

れが厄介な反応なんです。では ナゼ厄介かと申しますと もうみなさん

もお解かりでしょう そうです「無意識」だからなんです。ですから こ

こでしっかりと注意しなければいけないのが 対相手との対人稽古をする

ときは道場内のその相手との関係でやらないこと!つまり相手は常に他人 

もしくは敵だと想定して行うこと。もっと言うなら とにかく実際のこと

をより「リアル」に想定できなければそれらの稽古はできないのです。で

すから 武道の稽古はできないということになります。ここは日野先生も

強くおっしゃっておられます。だから社会経験の少ない「子供」には武道

の稽古はできないとも。ほんとうにそう実感いたします。…

ということは 自分自身が無意識にやったことを意識できなければいけな

いし また意識的に無意識の状態を作り稽古しなければいけないというこ

となんです。そこで 
術の中身の三つ目に入るのですが 先ほど術の中身

の二つ目に「永遠」に稽古しなければいけない と述べましたが 言い換

えれば死ぬまで取り組んで(稽古)いかなければならないほど難しいとい

うことになります。 では それだけ難しい稽古とはどういうものなのか

 話は一つ目に戻り 実際 対相手との稽古としまして 相手に手首を持

たせる そして力と力のぶつかり合いにならないように 肘から引っ張り

 その相手が持っている手の力に関係なく引っ張ったり 振り解いたりと

いうことを行います。その際 相手にゆるく持ってもらったり 強く持っ

てもらったりして持つ力を変えてもらいます。そのとき しっかりと自分

自身を客観視します。どう?動かせたか?動かせなかったか?ではどうし

て できなかったのか?また 最後までちゃんと決められたことをやろう

としたか?など… そうです ここが一番大事な ところなんです。初め

にも述べましたように 頭では解っていても身体が云うことを聴いてくれ

ない。そうです!頭と身体は別なんです。武道の稽古をしていますと よ

くこんな方がいます…たとえば一つの感じる稽古をするとしましょう そ

れで その後起こった現象を大まかに説明しますと もうそれはできたか

のように満足して 次は何をするのん?というような顔をします。でも 

これだけは間違えないでください!「解る」と「できる」とでは武道とス

ポーツのようなもので まったく次元が違う!ということを…

昔からよく云われています「心技一体」だとか「剣禅一如」また今では「

統一体」とか…それらはみんな心(頭)と身体を一致させることが大事だ

!ということを云っているのだということがお解かりになるでしょうか?

ですから武道の稽古をやっていると ほんとうに心(頭)の稽古が「難し

い」と気付き また「一番大事」であると気付かされていくのです。…



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